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横浜地方裁判所 昭和54年(ワ)181号 判決 1982年8月31日

原告

清宮玲子

外五名

右原告ら訴訟代理人

宇野峰雪

鵜飼良昭

柿内義明

野村和造

被告

右代表者法務大臣

坂田道太

右指定代理人

五十嵐敬夫

外四名

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  別紙物件目録記載の土地が原告らの共有(原告清宮玲子が持分一二分の七、その余の原告らが持分各一二分の一)に属することを確認する。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

請求棄却の判決を求める。

第二  当事者の主張

一  主たる請求の原因<省略>

二  請求原因事実に対する認否<省略>

三  抗弁

1  本件土地は、内務省横浜土木出張所が大正一〇年四月から行つた横浜港修築工事のうち、外国貿易設備(埠頭)として横浜市神奈川区千若町地先に埋め立てをした7万251.96坪の一部であり、千若町埋立地と瑞穂町埋立地(昭和一〇年埋立竣工)を結ぶ瑞穂橋公道橋及び同鉄道橋(以下「瑞穂橋」という。)の橋梁用地の一部として直接公共の用に供されている国有財産であつて取得時効の対象とはなり得ないものである。

(一) 右の橋梁用地は橋台用地、護岸用地及び一般用地から成り立つ。一般用地は瑞穂橋と道路との間に存する土地であり一部は取付道路と称して歩・車道及び国鉄軌道用地となり、その余は橋台及び取付道路の保護地となる。本件土地は、千若町側の瑞穂橋への取付道路の保護地となる。本件土地は、千若町側の瑞穂橋への取付道路の南西側に位置し、右のうち保護地及び護岸用地の各一部である。

(二) ところで、千若町と瑞穂町埋立地とを連絡するため建設された瑞穂橋が、運河の水運を保持する必要から高い橋脚の橋梁となつたため、瑞穂橋に接続する取付道路も同一の高さに盛土したが、取付道路の盛土を支える場合擁壁は、土中に埋設した基礎杭の上に、L字型鉄筋コンクリートの構造物を垂直に設置した型で築造されているため、そのままでは、杭に十分な支持力が得られず、擁壁の安定性が損なわれ、擁壁が取付道路の盛土の土圧を支えられないで、本件土地が護岸の支持のもとに取付道路の基礎地盤を構成し、杭の支持力を維持するとともに取付道路の荷重を分散して、盛土の辷りを押える役割を有しているものである。また、護岸は、本件土地を波浪とか流れとかによる侵食崩壊から防止する役割と航行する船舶が直接橋台に衝突するのを防止する役目を有しているが、その構造は、海面下地盤を巾4.5メートル以上、深さ三ないし四メートルにわたつて掘削し、割栗石で補填した基礎地盤の上に高さ五メートル、巾3.5メートルのL型ブロックの構造物を据えつけ、構造物の後方に土丹で裏込めした上、土砂で埋立てを行つているものである。それら擁壁及び護岸構造物の埋設は本件土地の地下にかけてなされてもいる。

更に、本件土地は、舟着場としての機能を有するほか、橋梁の検査、補修の際の足場、資材置場等橋梁の保守、管理の機能をも有している。

このように、本件土地を含め、瑞穂橋梁、取付道路、その擁壁及び護岸が瑞穂橋工事の一体的な工事として行われ、これらが相互に関連しながら構造上不可分一体となつて機能しているのであり、本件土地は、瑞穂橋及び取付道路にとつて必要な土地である。

(三) 本件土地のうち一定の範囲内に建物を築造する等の上載荷重が加わると、前記の護岸の構造物の安定に影響を及ぼし、震度五程度の地震が作用する場合で、この範囲内に一平方メートル当り二トン以上の上載荷重が加わると、護岸に作用する土圧が増大し、護岸の安定に影響を及ぼすこととなる。

また、護岸のL型ブロックの裏込材は、護岸の構造物に作用する土圧を軽減するために施工されていることから、裏込材をとつて他の土で埋め戻したりすると構造物の安定に影響を及ぼすこととなる。

更に、本件土地の土砂を掘削すると、本件土地が取付道路の基礎地盤として、擁壁の基礎杭を支持する役割を有していることから、杭の支持力が減少し、擁壁の安定に影響を及ぼすことになる。

以上のことから、本件土地上に上載荷重が加わつたり、本件土地内の裏込材を撤去したりすることによつて、護岸の安定が損われ、護岸が破壊された場合には、本件土地が、波浪や流れに対して無防備となり侵食され、次第に崩壊していくことになる。

本件土地が崩壊したり、掘削されたりすれば、本件土地が取付道路の擁壁の基礎地盤を構成していることから、この擁壁そのものに影響を及ぼすこととなり、擁壁の安定性が損われ、取付道路の崩壊をもたらすおそれがあり、もし取付道路が崩壊すれば、瑞穂橋そのものも橋としての機能を果せなくなる。

2  仮に、徳右衛門が昭和二〇年ころ本件土地の占有を始めたとしても、同人は、本件土地が自己の所有する土地でないことを知りながら、占有を始めたものである。

四  抗弁事実に対する認否<省略>

五  予備的請求原因

1  本件土地については、昭和三四年三月三一日に用途廃止がなされ、普通財産として管理されている。

2  亡清宮志津と原告清宮玲子とは、昭和三六年八月一七日に本件土地を占有していた。<中略>

6 原告らは、本訴において、右時効を援用する。

六  予備的請求原因事実に対する認否

1  本件土地について、原告主張の日に用途廃止がなされ、普通財産として管理されていることは認める。しかし、本件土地は、実質的には行政財産であつて取得時効の対象とはなり得ない。

本件土地は、右に見たように内務省横浜土木出張所が横浜市神奈川区千若町二丁目地先に築造した瑞穂橋公道橋の千若町側取付道路及び橋台の南西側に位置する橋梁用地の一部であり、右橋の竣工後公共の用に供され現在に至つている。

内務省横浜土木出張所は大正一〇年四月から横浜港修築工事を行い、そのうち外国貿易設備(埠頭)として7万251.96坪を埋立て、昭和一〇年一一月ころ工事完了後、本件土地を含む6万142.47坪を同一三年一二月二〇日までに、大蔵省(所管庁横浜税関)に引継ぎ、以後外国貿易埠頭(瑞穂埠頭と称する。)として利用させることになつた。

瑞穂橋公道橋は瑞穂埠頭を千若町側に存する横浜市道に接続し、同橋に並行する瑞穂橋鉄道橋は国鉄高島線引込線を上載し、現在横浜税関出張所などが存する瑞穂町及び民間企業倉庫等が存する鈴繁町への千若町からの唯一の連絡橋となつている。

このように港湾施設である橋梁用地の一部として公共の用に供されていたのであるが、その管理者は変遷している。昭和一八年一一月一日官制改正に伴い瑞穂埠頭が運輸省(所管庁関東海運局)に引継がれ、昭和二二年三月二〇日官制改正により、瑞穂埠頭の一部156.86坪は大蔵省(所管庁横浜税関)に横浜税関出張所用地として引継がれ、本件土地を含む5万9985.61坪は昭和三四年三月三一日合衆国の軍隊の用に供する国有の財産の取扱手続についての通達(昭和二七年九月八日大蔵省管財局長、蔵管第三三六九号)に基づき大蔵省(所管庁関東財務局)に引継がれた。

この間にあつて、本件土地を含む瑞穂埠頭は、昭和二一年四月一五日連合国を構成するアメリカ合衆国の軍隊に接収され、日本国との平和条約発効後は、日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約第三条に基づく行政協定又は日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第六条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定に基づき合衆国軍隊に提供されているが、提供財産の管理及び事務の一元化をはかるため、合衆国の軍隊の用に供する国有の財産の取扱手続についての通達に基づき、従来運輸省所管の行政財産であつたものを、普通財産にするため形式的に用途廃止がなされ、昭和三四年三月三一日に大蔵省に引継がれた。右の通達によれば、提供財産の使用が廃止された場合には、当該財産を所管する運輸省に返還する定めとなつて居り、実質的に行政財産であることにかわりはない。<中略>

第三  証拠<省略>

理由

一被告は、本件土地が取得時効の対象となり得ないものであると主張し、原告は、これを争い、仮にそうであるとしても用途廃止により取得時効の対象となり得るに至つたと主張するので、この点について判断する。

1  <証拠>を総合すると、以下の各事実が認められる。

(一)  本件土地は、内務省横浜土木出張所が大正一〇年四月から行つた横浜港修築工事のうち、外国貿易設備(埠頭)として横浜市神奈川区千若町地先に埋立をした土地の一部であり、右外国貿易設備と千若町との連絡橋として右横浜港修築工事の一環として建設された瑞穂橋の建設工事に際して埋立てられたものである。右橋の建設に際しては、千若町側の右橋への取付道路及び本件土地の周囲に存する護岸も、本件土地と一緒に埋立工事が行われ、築造されたのである。右橋は、その竣工後前記連絡橋として一般公共の用に供されてきた。

(二)  千若町側の瑞穂橋への取付道路には、盛土を支えるため擁壁が築造されており、その構造は土中に埋設した基礎杭の上にL字型鉄筋コンクリートの構造物を垂直に設置した型となつており、また、本件土地の周囲に存する護岸は、基礎地盤を掘削して割栗石を投入しその上にL字型ブロックといわれるコンクリートの構造物を据えつけ、構造物の前面は割栗石を入れて元の海底地盤の高さまで埋戻し、その後方には土丹を裏込めした上、ややL型のコンクリートを座設し、土砂で埋立を行つている構造となつており、これら擁壁のL字型鉄筋コンクリートの底版の一部及び基礎杭の一部並びに護岸構造物のL型ブロックの一部及び裏込材等が、本件土地に埋設されている。

(三)  瑞穂橋は瑞穂埠頭と千若町間の運河の利便をはかるため海面上相当高い橋脚を用いて築造されたものであり、瑞穂橋と千若町側道路(現在では横浜市道の認定を受けているもの。)との間に存して両者の連絡を可能とする取付道路もこれに応じて高く盛土せざるを得ず、海面上7.98ないし8.3メートルに及ぶものであつたから、盛土の荷重を分散して盛土のすべりを押える必要があり、また取付道路の擁壁の基礎杭に十分な支持力をもたせるため杭の周辺に土砂を埋める必要があるところから、これらの目的のために本件土地が埋立てられ、本件土地が取付道路の基礎地盤をなしている。

また、護岸は、取付道路の基礎地盤である本件土地を、波浪とか流れとかによる侵食崩壊から防止する役割を担つて築造されている。

(四)  更に、本件土地のうち、護岸のL型ブロックの後端から引上げた主働崩壊線(本件土地の護岸方向への崩壊を予想した場合の土砂の辷り線をいう。)と護岸の後端から上げた垂線にはさまれた地表面の範囲内に、一平方メートル当り二トン以上の上載荷重が加わると、震度五程度の地震が作用する場合には、護岸に作用する土圧が増大し、護岸の安定に影響を及ぼすことが予想され、また護岸のL型ブロックの後に裏込材として土丹(岩石ほどは硬くないが、土よりは硬い硬質の粘土)が使用されているが、裏込材は土圧を軽減するために施工されているものであるから、これを取つて他の土で埋め戻したりすると、護岸構造物の安定に影響を及ぼすこととなる。

更に、取付道路の擁壁の前面にある本件土地の土砂を掘削すると、擁壁の基礎杭の支持力が十分でなくなるおそれがあり、その結果擁壁そのものに影響を及ぼすことになる。

このように、本件土地に上載荷重を加えたり、本件土地内の裏込材を掘削等により撤去したりすることによつて護岸が崩壊した場合には、本件土地が波浪などにより侵食され、次第に崩壊していくおそれがある。本件土地が崩壊すると、本件取付道路の基礎地盤を構成しているため、擁壁そのものに影響を及ぼし、擁壁の安定性が危ぶまれ、取付道路が崩壊することもありえなくはない。

2  右1の各事実によれば、本件土地は、瑞穂橋、取付道路、その擁壁及び護岸と一体的な工事によつて埋立築造がなされ、かつ構造上及び機能上不可分一体のものと認めるのを相当とし、更に、取付道路の擁壁及び護岸ひいては取付道路及び瑞穂橋の維持管理のために必要な土地であるということができる。

3  本件土地を含む瑞穂橋、取付道路等は、「合衆国の軍隊の用に供する国有の財産の取扱手続について」と題する昭和二七年九月八日大蔵省管財局長通達(蔵管第三三六九号)に基づき、昭和三四年三月三一日付で用途廃止がなされ、運輸省から大蔵省が引き継ぎを受け、現にアメリカ合衆国軍隊に提供されていることは被告の自認するところである。然しながら右の用途廃止が直ちに本件土地の公物性を払拭し、これについて時効の適用を可能とするとは断じ難い。先ず我国が合衆国軍隊に提供する諸便益、就中土地施設の所管を一元化する利益ないし必要の存すること、右の用途廃止が、管理の一元化を主目的としたものであることは関係条約、右通達の文言上明らかである。右通達によれば、提供財産の使用が廃止されたときは、当該財産を所管する各省庁に返還する定めとなつており、従前の所管庁である運輸省がいわば潜在的な所管を有するもので、このことはとりも直さず本件土地を含む瑞穂埠頭を再度一般公共の用に供することが予定されていることを意味する。また瑞穂埠頭中瑞穂町には横浜税関出張所が、鈴繁町には民間企業の倉庫が存し、これら施設の利用者にとり彼此両地を連絡する陸上交通の方途は瑞穂橋公道橋を措いて外には無く、かつ、現に同橋は従来どおり陸上交通路として右施設の利用者一般の利用にも供されてきたことは、原告において明らかに争わないところである。右の事情のもとでは、瑞穂橋、取付道路等は実質的な行政財産ないし予定された行政財産とみるべきものである。

4  以上によれば、本件土地は、実質上ないし予定された行政財産とみられる瑞穂橋及びその取付道路と構造上及び機能上不可分一体のものであり、その管理上必要な土地であることから、私人の所有に委ねることはできないと解せられ、よつて取得時効の対象とはなりえないものと解するのを相当とする。

二以上の次第で、原告らのその余の主張について判断するまでもなく、本訴請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九三条第一項本文の各規定を適用して、主文のとおり判決する。

(三井哲夫 曽我大三郎 竹内民生)

物件目録<省略>

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